F.M.アレクサンダーが発見した原理にもとづいて
緊張の緩和、自己観察能力などの学習をするものです。

アレクサンダーテクニークは、建設的に意識を用いて自己管理し自律する方法です。

エニアグラムを使ったアレクサンダーテクニークの紹介

時間軸に沿うと・・・
心身統合体としての自分をどう高めるか?
まず、クセに気づき自分がそれをやっていると認めることです。
それで、はじめて動作のうちで不必要なクセを抑制することもできます。
その学びには自分が自分の教師となることもできるし、
アレクサンダー教師が手や言葉で全人的に関わることもできます。
すると、「正しい!間違っている!」「気持ちいい・わるい」という
感覚的評価を乗り越えることができる。
(こうした「評価」そのものが「クセ」なので、変わらなければならない。)

もし
新しい方向性が生まれて来たことに気づき、その流れを許すと
プライマリーコントロールがうまく働いて自分の使い方が影響して機能が改善されていきます。

そして、改善後の新たな心身統合体を出発として新たなワークがはじまり、終わることなく永遠に改善されていく。

  世界のアレクサンダー紹介

世界中で、何が正統派アレクサンダーテクニークか、ということで議論が盛んであります。
国や団体によっては、日本で教師になった我々の大部分が受けたトレーニングそれ自体を
アレクサンダー教師養成トレーニングとして認めないところもあります。
ある人がいいました。
「何がアレクサンダーテクニークで,何がそうでないか,について線を引くことはとても難しいのです。」と。

一般意味論やソシュール・NLPなど言葉の科学をかじったことも影響して、ここは、自分ではこう考えます。
答えはいくらでもあると思われます。解答者の数だけあるかもしれません。

とにかく
問い:
アレクサンダーテクニークとは何か?
ATJの答え:
1・FMさんの発見
2・FMさんがどうやって他人に伝えたか。
3・第一世代のAT教師が、FMさんから何を受け取ったか、 そして、それをどのように第二世代に伝えたか。
4・第二世代のAT教師が、第一世代から何を受け取ったか、 そして、それをどのように第三世代に伝えたか。
5・第3・4・5~n世代のAT教師が、自分の教師から何を受け取ったか、
そして、それをどのように今の生徒や人々に伝えるか。
6・生徒も教師も自分自身でワークをどう深めていくか?


1と2ですでに違いがあります。
自分で鏡を見て学んだことと、他人に手を伝えて教えたことが「同じ」だと誰が証明できますか。

2の中でも時代と人によってすでにかなり違います。
一世代半とでもいうべき弟のARさんは素晴らしいAT教師で米国において多大な影響を及ぼしていますが、トレーニングスクールなど出ていません。またフランク=ピアス=ジョーンズ氏も多数のお弟子さんがいますが、フランクはトレーニングコースを正式に始めようとした矢先に亡くなったそうです。では、この辺の人らは非伝統的なのでしょうか?

3についてです。
もしFMさんがよくやっていたからと言う理由で「伝統的ワークだ」という根拠にするならば、馬の鞍ワーク・シェイクスピアの朗読ワーク・ぺンや鉛筆を使うワーク・ラジオで競馬放送を聞いて「ちくしょう」とか言いながら生徒に手を置いてあちこち動かすワークなども「伝統的ワークだ」に入れるべきです。
テーブルワークとチェアワークが伝統的というならばそれは認めます。

4のあたりです。
エリザベス=ウオーカーさんから私が直接聞いたところによると、
FMさんはテーブルワークをそこまで一所懸命はやらなかったようです。
むしろMr,マクドナルドとカーリントン氏が開発したのではないですか?
どなたか教えてください。

5について。

鉄のタマを落としたとされるピサの斜塔
今、問題になっているのですが・・・
物理学が、ガリレオテクニークと呼ばれていた頃の話です。
大切な「重力」という概念を理解するのに、
塔の上から大きな鉄のタマと小さな鉄のタマを落とさなければ
その人は重力を理解しているとは認定できないという規約が
STGT(Society of? Teachers of the Galileo Technique)という団体で決められていたのです。
みなさんは守れますか?
当然、全く同時に落とさなくていけません。
STGT教師である以上、そこは厳密にして欲しい。

代わりにリンゴを落としてはダメなんでしょうか?  
赤いリンゴと青いリンゴでは落ち方が違うかもしれないじゃないですか?
そういう困った生徒がいましたね。  
その人の主張では禁断の木の実リンゴまでは許されるべきだと。

だからニュートンは伝統的だと。
しかし、最近はやりのナツメヤシ派は異端である  よって禁止するべきだというのです。
だいたい甘すぎるしモスリムと誤解されかねないという主張でした。

それで、6、一番興味あるところです。
科学というものは発展していく性質と、原理をかたくなに守っていく性質と、一見矛盾しているように見えるけれども両方大事な性質があります。古典力学と量子力学は全く同じことを説明しませんし、ニュートンとアインシュタインは両方巨人で「どちらも正しい」、ということはある地点からは「どちらも間違っている。」のでしょう。

私は発展します、アレクサンダーさんに敬意を表しながら。


解説「FMアレクサンダーのワークと著作について」