創始者の本とワークはATJ

ATJ・アレクサンダーテクニークジャパンには
FMアレクサンダー氏の本当のワークがあります。

    F.M.アレクサンダー(Frederick Mathias Alexander, 1869-1955)によって開発された手法が広まるにつれ、周りが呼び習わした名称が「アレクサンダーテクニーク」です。

意識調整・CCが廃れたとはいうものの、アレクサンダーテクニーク・ATはある程度知名度があります。ATの概略から紹介しましょう。

 エニアグラムを使ったアレクサンダーテクニーク紹介

FM著作集から必須な七つの専門用語と、二つの一般用語を抜き出しました。一つでも要素が足りなければ、本来のアレクサンダーテクニークになりません。

心身統合体としての自己を改善する。まず、クセに気づき自分がそれをやっていると認めることだ。それではじめて、不要な動作が抑制可能になる。学びには自分が自分の教師となったり、教師が手や言葉で全人的に関わったりする。知覚の訓練をすれば、「正しい・間違っている」「(気持ち)良い・悪い」という「誤った感覚的評価」を乗り越える可能性が生まれる。新しい方向に気づき、その流れを許す。第一調整(プライマリーコントロール)が邪魔されず働き、自分の使い方が改善され、機能はどこまでも改善される。改善後の新たな心身統合体を出発点として新たなワークが始まる。終わりなく永遠に改善される。

 

再度「アレクサンダーテクニーク」と「意識調整」

現在では世界中で広くアレクサンダーテクニークと呼ばれることになったこのユニークな手法の創始者はFMアレクサンダー氏とされています。ただし創始者本人は(意識調整をするための)当該テクニークと呼称することはあろうとも、一度も、アレクサンダーテクニークとは呼んでいません。

本人の言及
FMアレクサンダー著 『人類の最高遺産』新版への序文から抜粋

「・・・『このテク二―クを習得するには長期間かかるのですか。』と頻繁に質問される。これに一般的な返答をするのは相当困難であるのだが、それというのも各生徒さんによって、虚飾・特殊な考え・信念などの個人差が著しいからだ。それでも、 1910年に私が記したものは未だ真実を含んでいる。以下、
 人類の最高遺産としての意識的な指導と調整、これを掌握したといえるほど養うのは誰でも大変な苦労を伴うと、ほぼ20年間の研究と実践をしてきた裏付けから私は信じている。それは、秘教的教授や神秘的密教などでは全くなく、逆に、完全に合理的な命題からなる生成物であり、純然たる原理を目に見えるようにやってみせることも可能で、具体的に一般的に実践可能なものだ。・・・文明社会で暮らす人々は自らに引き継がれた価値をまず理解するべきであり、それから、長期間の進化の過程を経てやっともたらされた成果を用いて、自己の身体機構における使い方を修めること、そうしたことが必要不可欠である。・・・眠っていたり、トランス (夢うつつ)状態にあったり、絶対服従したり、麻痺・無感覚状態にあったりしてはダメであり、一方、くっきりと開眼して理知的になり、人類が所有している素晴らしい潜在能力を意図的に意識し理解して、卓越した遺産を意識的なこころに持たなければ、こうした偉業を勝ち取ることはかなわない。」


意識調整とは、暮らしの中で自身の意識を使って自己調整することです。
なぜ自己を調整するのかというと、どんな人でも、自己という存在を通して自身の内側にも外側にも働きかけているからです。

意識調整の学びは、自分で自分にしていることに気づき、それを認めることから始まります。
創始者のアレクサンダー氏が失声という問題に直面したとき、彼は1人で鏡と向き合い、何年もかけて自己観察と実験を繰り返しました。しかし現代では、訓練を積んだ観察力を持つ教師が鏡の代わりに手伝えます。たった1人で調べるよりも、ずっと早く生徒は自分自身でやっている余計なことに気付けるでしょう。

次に、私自身に起きたことも含めて、意識調整を学ぶ過程でよくあることを考えてみます。
人は行動へ移る際に何かしら「思う」ということをしていますが、そこへ既に、その人の使い方が含まれています。例えば、演奏やダンス、仕事など何かを「しよう」と思うと、まるでアレクサンダー氏が「話す」という刺激にすぐに反応したように、その人は習慣的な使い方をします。その人がそこで、思い方を変えなければ、余計な動作を止められません。それに、正しい感じや自然な感じを探したくなります。そんな感じをあてにして学びの成否を図るならば、新しいことを学ぼうとしているはずなのに、その人は以前の慣れ親しんだ感じになる旧いやり方の変種をしていて、上手く行った感じに浸ったとしても、実際にはちっとも上手く行きません。

飲みすぎ食べ過ぎで体調不良になっているのに、それを止めないでおいて、もしかしてテーブルや椅子のワークを受けて首が楽になりさえすれば、体調はすっかり良くなりますか。

以前のやり方と新しいやり方と比較すると、自分自身がしていることへ割と気付きやすいようです。
すぐ行動する(エンドゲイニングになる)前に、ちょっと待ってください。目的に到達するまでの手順を見直すと、そこには、複数の選択肢がありそうです。自分自身の思い方が変われば、以前のやり方をやらずに済むかもしれないし、すなわち予防すれば、何となく習慣的にしていたことを止め、今度は、意識的に手段を吟味することになる、つまりその時の状況に応じてより良い手段を選択できるかもしれません。またもや「正しい・間違っている」「好き・嫌い」など、感覚的な評価をしたくなるかもしれませんが、しかしそれを抑制します。様々な状況で自らに気付きながら、手段を吟味すること(ミーンズホエアバイ)を練習すれば、欲しい結果へ安全に到達可能になるでしょう。

さて、意識調整を運用し、自己の使い方が変わると、原因と結果を取り違えていたと気付いたり、さらに奥深いところにある真の原因を見つけたり、今までとても大切だったものこそが原因だったと判明したり、様々な場合がありましょう。それでも、意識調整を続けるならば、自己はいつまでもどこまでもより改善されます