●アレクサンダーコングレス(世界大会)報告(2011・2008)   
 

2011年アレクサンダーコングレス(世界大会)報告
アレクサンダーテクニークコングレス2011年  於:スイス国ルガーノ市

2011年8月7~13日、スイス国ルガノ市でアレクサンダーテクニーク国際会議が開催され、ATKのメンバーも何人か参加しました。

今年は東日本大災害の影響で、日本人など誰も来られないのではないかと、
大会に関わる世界中の人並びに、当初は我々自身さえそのように思っていました。
それがしばらくして、「こんな時だからこそ、行ける人は是非参加して、行けない人の分まで勉強してこなくちゃ。」と奮起した人もあり、
そこに賛同するメンバーが集まりました。

  このAT国際会議は1984年のニューヨークに始まり、過去には4年に一度ずつ世界各地を移動して開催されていたのですが、
オリンピックの年と重なることや世界情勢の関係から何かと都合が悪いようで、前回の2008 年から今回のみ3年ぶりに
スイスの同じ会場で開催されるいきさつになったそうです。
次回はたぶん4 年後、2015年になるだろうと会議監督者のボブさんはお答えになりました。

  創始者FMアレクサンダー氏は1950年代になくなりました。80 年代にはまだ第一世代と呼ばれるFM氏の直弟子諸氏が生存中で、
そうした方々が一堂に会することが初回コングレスの第一目的であったようです。それというのも、長年の間に各流派で教え方が
かなり異なってきており、シノギの問題も絡んで、お互いの学派が協同するどころか反目しあっているようなところもあったそうで、
そうしたわだかまりを解消しようと。初回の会議写真を見ると、カーリントン氏・マクドナルド氏・ウォーカー氏・バーストー氏
・バーロー氏など、伝説的な面々が壇上にいらっしゃりニコニコしています。
第9回2011年になるとさすがにご存命の方は少なくエリザベス=ウォーカーさん(98歳!)が唯一の第一世代でした。
本年のテーマは、「お互いに学び合う(Learning from each other.)」でした。
 
       
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  2008年アレクサンダーコングレス(世界大会)報告
アレクサンダーテクニークコングレス 及び 世界のアレクサンダー事情
 
アレクサンダーテクニークコングレス2008年  於:スイス国ルガーノ市

“8月11日(月)午後に自分の授業を試すこともできました。
「Use of the Cell 」(細胞の使い方)二ガー英語では(自己の使い方).と読めるヒトを食ったタイトルでしたが、オランダ・スイス・
ハンガリーの先生など非英語圏の方々が12名ほど来て下さり、実験を楽しんでくださったようでうれしかったです。
内容は、気功・地理風水・SHIN Code NLPなどを取りいれたものです。いわゆるアレクサンダー的に進む方向(Direction)には、
らせんの動きもあるだろう、ならば、そのらせん運動は、細胞のDNAにも由来しているだろうし、水が流れるときの渦や、
オルゴン・プラーナと呼ばれる「気」の流れも関係しているだろう、それを積極的に利用しよう・・・というような仮説授業です。

授業風景
     

●紀行文とエッセイ。

夏休みか~。スイス?ヨーロッパは旅費も嵩むし、観光旅行としてはあまり白人の国が好きでないし・・・個人的には面倒くさい気がして、あまり行きたくない感じもあったのですが、トレーニングの方法や学校運営のことやもろもろの情報を得るには好都合なのだと自分に言い聞かせて「勉強」にいきました。


最終日、エリザベス=ウォーカー(中央)
  国境にもなっているルガーノ湖  
クリスティーヌ=アルディとピーター=リボー

2008年8月10日(日)20:00時「Hello. Bonjour.  Ciao.  Guten Tag Shalom・・・コンニチハ・・・・」とローザルイザさんの挨拶でアレクサンダーコングレスは始まりました。スイスのイタリア国境付近、ルガーノ(Lugano)という町でした。参加者全員で400名弱というアナウンスがありました。ちなみに2004年オックスフォード大会では部分参加含め約500名だったそうです。1986年から4年に一回オリンピックの年に、全世界のアレクサンダー教師が集合していろいろな情報交換を行なう会議として継続されてきたようです。

ワークエクスチェンジの会場  
ハンガリーのグループとピーター=リボー
 
モンテ・ブレ(ブレ山) ルガノの表鬼門封じ

●簡単な2008年ルガノコングレス報告です。

全体像は公式ホームページも参照してください。  http://www.atcongress.com/
上記のように日曜の夜に挨拶とセレモニーがあって、実際の授業は11日(月)~16日(土)にありました。毎日午前9:00~10:30、コンティニュアスラーニングというタイトルでベテランどころの教師を25人ほど人選してあり、おなじみのジェレミーさん・キャシーさん・リカさんなどはりきっていらっしゃいました。そこへ、一般参加者は2日ずつのセットを予約して、6日間に3セット参加できるようになっていました。私はTommy Thompsonさんの授業に参加しました。

それぞれのベテラン教師が自分の培ってきた手法を心置きなく公に発表できるのは、健全なことだと思われました。教え方の違いによるわだかまりが減って協調作用が増えていっているとするならば、喜ばしいことです。

FM本人からトレーニングを受けたエリザベス=ウオーカーさんはたしか93歳と聞きました。何処にいても人気者で、廊下を歩いていると必ず誰かに呼び止められ、大きな教室での授業も盛況で、書き下ろしの回想録のサイン会は延々の行列で、本は完売。我々がなんとか手に入れたその本「Forward and Away」によると、1939年にマッターホルンに登頂したそうで、雪原でピッケルを持つ写真がありました。第二次大戦前夜ですよ。ザイルを使って岩登りしないといけないし、今日でもスペシャリストに限られた山です。とんでもないスーパーレディーです。また、子どもの頃のルシア=ウオーカーさんの写真もあって、めっちゃ可愛いです。今日、ルシアはコングレス事務局員です。コングレスのテーマは「世代から世代へ・Generation to Generation」でした。 閑話休題。授業に戻ると午前の2時間目と夕方の講演は、アレクサンダー界以外から招聘した方々によるものでした。大きくテーマが二つあって、最新脳科学とNVC(ノンバイオレントコミュニケ-ション)でした。

それが一体アレクサンダーとどう関係があるかはおいといて、大きな講堂に英語圏の人はほぼ全員が集まって様々な手法が紹介され、我々にもところどころ暇つぶしにはなりました。上手にパワーポイントを利用する発表者もありましたが、ものすごいスピードの英語専門用語ラッシュには、英国に2年留学していたドイツ人でさえつらかったようです。その中でうたた寝しながらの睡眠学習が主だった私にも印象が残っている報告があります。サルの手を切断して神経が切れても、脳内には腕を動かそうとする神経は生きているから、その神経に腕ロボットをつなぐと機械の腕を動かしてサルがバナナを口に運ぶという実験や、痙攣してまっすぐ歩けない人が脳手術をして電気信号発信機を埋め込んだ後には、すっと歩けるようになるというフィルムを見ました。その医学博士によると「ヒトは神経ロボット」だそうです。その実験をするためにわざわざサルの腕を切り落としたり、歩けない状態の患者さんの使用前使用後の映像を丁寧に撮影したりしたのです。

NVCの創設者マーシャルおじさんも気の良い世話すきそうなアメリカ人でした。NVCの手法はきっとある条件では有効でしょう。しかし、おっちゃんのたとえ話や説明の進め方はかなり強引で、個人的にはあまり好きになれなかったのです。子どものことで相談する参加者に、「内容はわかりました。一番良い解決方法は、(しばし間)・・・子どもを持たないことですな。」と。場内は大爆笑でしたが、う~ん、冗談としてもワシはちょっとついていけない・・・。

 月火木金の午後には一般のアレクサンダー授業が盛りだくさんでした。しかし、いくらメニューがたくさんあるレストランでもひとりで食べられる料理は限られています。参加者が一日に選べるのは、通常ひとつずつ、どこかで駆け足してもせいぜい2つでしょう。その限られた中で自分が参加したのは例えば、8月11日・月曜の午後キャサリン=ケトリックさんとピーター=リボーさんの共同授業です。Touching Without Teaching(触るけれど教えない)というタイトルはケッサクと思いました。前回オックスフォードコングレスのときにTeaching Without Touching(手を使わずに教えるには)というキャサリンの授業紹介で案内冊子に誤植があったのを面白がって、そのまま今回の授業に仕立て上げたようです。なんのために手を使っているのか分からなくなっているAT教師が自分で気がついていけるように進めていく何処まで本気か冗談か分からない、絶妙な2人のコンビでした。

いろいろな成り行きとして、私はTommy Thompsonさんの授業にコングレス一週間のうち実に8つも出席しました。朝の授業でずっとボランティア通訳をしていました。午後からも、谷村英二さん率いる日本アレクサンダーテクニーク協会ご一行にトミーが授業した折にそのお手伝いでギター演奏したり授業のアシスタントをしたりと、まるでトミー週間でした。彼の授業は理解しやすく、同時に情緒的で心を打つものでした。本人が、詩にまとめているのをここで紹介します。
(ここから引用トミーの詩、DJによる拙訳です。)

<トミーの授業モチーフ>

●アレクサンダーコングレスの背景。
FM=アレクサンダー氏本人は1950年代に亡くなりました。FM氏から直接トレーニングを受けた世代を第一世代と呼ぶならば、1986年初回の国際会議ではまだ多くの第一世代が活躍中でした。パトリック=マクドナルド氏・デリスとウオルターのカーリントン夫妻・マージョリー=バーロー氏・マージョリー=バーストー氏・Etc・・・そうした豪華絢爛なメンバーが壇上に並んでいる映像を見ました。コングレスの仕掛け人でありコーディネーターを20年継続してから、2008年本年を限りに降板することにした米国ロサンジェルス在住のマイケル=フレドリック氏は、「お互いに反目しているかのようなアレクサンダー教師とその周辺をなんとか力を合わせられるようにまとめたかった。我々は兄弟姉妹ではないか。」と言っていました。
そういわないと調子悪いというか、なんともみなさん我が強いというか、実際の体験談です。私が参加した前回の2004年の英国オックスフォード大会で、あるSTAT出身の老女教師に完璧なクイーンズイングリッシュでこう言われました、「(仮定法過去完了形で)、もし仮にある人が正式なアレクサンダー教師であるならば、STATに属していないということは存在しがたいと考えられなくもないでしょう。え、あなた、あら、ATIですって。どこかで聞いたことはあるかもしれないけれど。」なんて具合でした。

FMアレクサンダーさんが教え始めてから100年以上も経過する中で、それぞれのお弟子さんによって教え方が多少なりとも変化するでしょう。特に第一世代の教師色が濃く出ているいろいろな組織が全世界にあります。一般の方の理解のためにもう少し説明します。STATとはSociety of Teachers of Alexander Technique の略称です。直訳すれば「アレクサンダー教師組合」ですから、そこへ属していなければ「モグリだ」と言いたくなる国の教師もあるでしょう。職業としてのアレクサンダー教師が発祥した土地である英国においては単にSTAT、アメリカならAMSTAT、ドイツならGLSTATのように各国にSTATがあります。パトリック=マクドナルド氏とウオルター=カーリントン氏が二大学派で大きな人数のAT教師を生み出しました。便宜上「派」と言えば他にも、スコット派・バーロー派・ウォーカー派などがあります。ここで一般的なSTAT基準を紹介しましょう。
アレクサンダー教師養成トレーニングに際しての練習生が従うべきSTAT基準抜粋(英国)。
・STATが認定したしかるべきトレーナーから受講する
・一クラスで一人の教師に対して6人の生徒を超えない
・3年程度で継続的に総計1600時間以上を受講する
・時間配分は週に4日以上
・授業時間は1日に3時間を超えない、などなど・・・国によって多少の数字が異なるようですが大筋では英国に準じているようです。現在の英国では場合によって、アレクサンダーテクニークが健康保険で受けられるようで、そのように一般社会とつじつまを合わせるには、他の医療関係者・例えば理学療法士や看護師と同等のライセンスが必要であろうという背景もあるようです。実際「大学に行く代わりにアレクサンダー訓練を受けている。」というSTATの練習生にも会いました。ということは例えば、週末にぼちぼち受講して10年かけて先生になったとか、自分は優秀だから飛び級して1日6時間、2年間に計1200時間で十分理解して先生になったとか、どうもそういうのはSTATでは許されないようです。
逆から議論すると、このSTAT基準が採用されるに当たり、英国医療協会に準じること以外の根拠は、私の知る範囲でははっきりしません。もしかしたら、2000時間受けても教師としては理解が足りない人もいるだろうし、一方、夏のキャンプで毎日朝から晩まで1ヶ月集中して受講し、その他の季節にもたびたび週末ワークを受けて教師が出来るほど理解できる人もあるでしょう。そのあたりはどうなんでしょうか。

先ほどから登場しているATIは、アレクサンダーテクニークインターナショナルの略号で、教師養成トレーニングのスタイルを問いません。ある段階で教師認定を希望する候補者(受験者)が十分ATI教師認定基準に合格していると、評価グループのメンバー内3名に承認されたら、ATI公認教師として認定されます。日本国内にあるアレクサンダー教師養成学校では今のところいずこもSTAT基準を完全には満たしていないようで、1600時間の時間数はクリアーできても一日3時間・週4日以上で3年以内のトレーニング終了は難しいようです。世界中でATI公認教師は500名ほどで、STATの数千人からすると少数派に見えますが、組織の認定基準が違うので一概に教師のよしあしを比較できません。どんなに腕の良い教師でもSTAT基準でトレーニングを受けていなければSTAT教師になれませんが、ある人がATI認定を受けるのは明快で、腕前さえあれば良いのです。STAT以外にもACAT(American Center for the Alexander Technique)・AA(アレクサンダーアライアンス)などでトレーニングを受けた教師も、より柔軟で実験的な手法が許される団体としてのATIに合流してきて活躍しています。そのように統合され全体としてのATIはより大きな流れになりつつあります。
とはいうものの現在でもかなりの数のATI公認教師は米国ネブラスカ州リンカーン市在住であったマージョリー=バーストーの教え方に強く影響を受けています。別名マージ派あるいはバーストーピープル等と呼ばれるグループです。マージ本人はアレクサンダー本人によって1934年に世界で初めての正式なアレクサンダー教師養成学校の卒業生となり公式認定を受けた逸材です。実際に、免許証を見せてもらった弟子のキャサリン=ケトリックはうれしそうに「証書に番号1とあったのを見たわよ!」なんて教えてくれました。大戦の関係もあってか、マージはネブラスカで牧場経営をしながら近所の人にぼちぼち教えていたくらいでそんなに大規模な活動をしないまま35年が経ちました。それがひょんなことから、1970年頃に全米の大学生らに人気が出て、ティーチインの先生として選ばれマージのところで夏に一ヶ月にわたるキャンプを開催する人があったり、キャシー=マデンやメリールーのような熱心な生徒でマージの住む町内にアパートを借りて12年間も住み込む人が出てきたりして、マージから技を引き継ぐような流れが生まれました。しかしながら、マージはSTATに準ずるような形式のトレーニングは一切行ないませんでした。聞くところによると、もっと内弟子のような関係だったようです。
原理は同じアレクサンダーテクニークのはずですが、STAT派とATI派では、一般的に教え方のスタイルに違いがあるように了解されている一方で、同じSTAT内のカーリントン派とマクドナルド派でもかなりの違いがあります。他の人らでも「違い」を取り上げれば当然かなりあるといえるでしょう。最終的には一人一人の教師に個性があります。

行き過ぎて困ったことでは、2008年本年度のアレクサンダーコングレス直前に、ほぼ全員がSTATグループであるスイスのアレクサンダーコミュニティーが分裂して、分派したグループからはそれまで進めていたお手伝いの人も参加者も一切来なくなった小事件がありました。スイスのグループ間でもめた理由は「教え方の違い」・授業報酬単価規定の相違などとうわさで聞きました。
そのせいで現地出身のスタッフが圧倒的に足りず、受付・全体の授業運営・教室の割り振りなどかなりの混乱でした。会場が二つあってルガ-ノ大学と国際会議場とは、歩いて15分ほど離れていますが、案内の冊子を参照して大学の23番教室に行ってみると、会議場25番に変更となっていたり・・・(ガーン)、開始時間になってもカギが開かず教師と生徒が教室前で待つことになったり、もう笑えました。単なるボランティアを買って出ただけで急遽カギ係のチーフになったRJは大学と会議場との往復で何度走ったでしょう。

会場設営でお世話になったRJと偶然居合わせたキャシー=マデン
    
「一緒に進める。」というのは洋の東西を問わず大変なことのようですが、違いを認めつつ、どこかで双方が折り合いをつける。そして双方がリスペクトを持つ。
それが呼びかけ人マイケルさんが言い出したアレクサンダーコングレスの趣旨でした。しかしながら、諸事情でそこへは乗りたくないAT教師がいても良いのであって、そうした中にも優れた方々が世界中にいると紹介して本文を終ります。
 ●文責 DJ・横江大樹