●人類の最高遺産(第一作)、2015年4月24日 出版

ATJ翻訳チームではFM氏の全著作を日本語で利用できるようにこつこつやっています。氏には4冊の書き下ろし著作と別冊、計5冊があります。このページにはまもなく出版される一作目「人類の最高遺産」日本版に収録されている一部を紹介します。
原文 Man‘s Supreme Inheritance ISBN 0-9525574ー0-1
本書の論点は、個人の心身統合はもとより、学校教育・軍隊・戦争・食事や住環境まできわめて多岐にわたっています。本編は横江大樹・DJ、付録は池田智紀が翻訳しています。
 
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  本文

目次

日本版紹介文      岡田利恵
紹介文         藤波努
翻訳者前書き      横江大樹(DJ)
序文          ウォルター=カーリントン
前書き 1945年の新版   FMアレクサンダー
前書き 1910年版     FM
読者へ          FM
紹介文          ジョン=デューイ
1918年版への評論「身体にやらせる」とは
ランドルフ=ボーン氏
それに対する反論     ジョン=デューイ 
謝辞           ジョン=デューイ
テキストについて覚書   DJ


第一部 人類の最高遺産
第一章  旧式な状況から現代的な必要へ     
第二章 旧式の治療方法とその副作用      
第三章 潜在意識と抑制            
第四章 意識的調整
第五章 意識的調整を応用する
第六章 習慣的な思考が及ぶ肉体
第七章 民族文化と子どもの訓練
第八章 進化の水準と1914年の危機に及ぼした影響
解説・DJ

第二部 意識的な指導と調整
第二部の紹介
第一章 大意
第二章 論点
第三章 意識的な指導と調整の道筋
第四章 意識的な指導と調整の練習
第五章 意識的な指導と調整を再教育として理解する
第六章 個人の過ちと妄想
第七章 覚書と例証

第三部 理論と実践、新しい手法による呼吸の再教育(初版1907年)
第三部の導入
第一章 理論の立つ呼吸の再教育
第二章 過ちを避けると同時に事実を記憶して理論を立て実践する呼吸の再教育
第三章 呼吸の再教育を訓練する
結論としての印象

付録   アフォリズム   池田智紀訳
付録   自伝風小品   池田智紀訳
 

 

  (本文抜粋として序文から)
序文
 
  ウォルター=カーリントン 1996年8月ロンドンにて  
   1910年にロンドンでこの書物が初めて出版された時、アレクサンダー氏が自らのテク二―クを教え始めてから既に15年ほど経過していました。実践的な実演をやらないで、言葉のみでワークを解説するのはたいへんに困難であるにもかかわらず、彼はどんどん注目されるようになり、劇場や舞台関係者だけでなく、医療関係者や他の一般人からも支持されていました。
 しかしながらこの頃に、アレクサンダー氏の仕事が大手の出版社に剽窃(盗作)されそうな事件がありまして、氏の心配にも当然の理由がありました。そうしたわけで、他人に盗まれる前に本書をとにかく出版しようと彼は決意した、言い換えると、最高に重要だと彼が思っていたこのワークにおいて、実践的な手順が不明瞭にされ人々が誤って導かれないためにも、自分が何年も散々に苦しみながら厳密な操作によって確かめてきた手法を明確にしておきたかったのです。自分のワークにはとてつもない価値があるから、間違った判断が起きるような危険はこれっぽっちも冒すことはできないと彼は考えました。しかし問題が存在し、それは、自分の発見を知的に理解できる言語で説明するにはどのようにしたらいいのかという大問題でしたが、それというのも、自らの綿々とした実体験から研究し得られた結果は、大方の人には考えも及ばないものだったからです。まるで、未知の世界を旅してきた探検家の報告を一般人に理解してもらえるように書き上げなくてはならない、そんなようなものです。
 彼のテク二―クは完全に実践的なものであり、個人的な経験で得られた結論はありましたがしかし、明確な理論的基盤などひとつもなく、自分自身の注意深い学習と自己観察を通して得られたものを元に、彼自身で技術革新したものです。というのも彼は全く理論家ではなかった、つまり、彼にはアカデミックな背景や訓練が全然なかった、にもかかわらず、この人は自分の呼吸と発声に見られた個人的な問題を克服しようと考え抜いたひとりの男でありました。その実践において、普遍的に応用でき日常生活全般にわたる諸問題をおおかた改善できるような手法を自分が見つけてしまったことに気がついた、すなわち、この問題は習慣的に自己の使い方が誤っているのにそこに考えが及んでいないせいであると見つけたのです。
 彼は本書を、人類の最高遺産、と名付け、1918年に副題を、意識的な指導と調整によって人類は進化し文明社会を生き延びる、としました。しかし皆さんは書名の後半部をたいてい見落としています。実のところ今日では、このテク二―クは身体手法であるとほとんどの人が思っていらっしゃるようで、論点は、頭―首―背中の関係、(言い換えると、プライマリーコントロール「初めに起きる大切な調整」と彼が記述しているもの)にあるから、レッスンの概要は、アレクサンダーテク二-ク教師の訓練を積んだ手技によって生徒は精妙に整えられ、バランスの取れた自然な姿勢になるものだと解釈されています。
 しかし、アレクサンダー氏にとっては、意識や思い方、理性や道理のほうがずっと重大事でした。まず初め、彼は自助努力する手段の必要にかられ、何が間違っているのかを認知するように見ていき、そうするうちに、誤ったことをやらないように反復練習することが重要だとわかりました。その結果へ向けて、「身体」を適正に使う研究が必要不可欠となりましたが、しかしそこで、どのように機構が働くのかを知ろうとするならば、すなわち「頭は前に上に行かなければならない」し「背中は長く広くならなければならない」とするならば、知識なしには無意味であるし、どのように思考するのか、どのように脳を使うのか、どのように意識的な抑制をするのか、言い換えると、どのように同意を保留したまま行くべき方向へ進むのか、(すなわち、意識的に意志を用いて、自己全体が適正に働くように確立すること)を知らねばなりません。彼にとっては意識的な指導と調整こそが重大案件でしたから、「人類の所有する素晴らしい潜在能力が発揮されるように得心することであり、それは伝達可能な遺産として意識的なこころを理解することだ」と明言しています。
 本書での説明に沿っていくと、証拠を挙げて人類の進化における脳の発達が示され、この課題に関して現代的な視点から描写されており、言い換えるとまるで、彼が教えてきた経験で得られた人間の行動全般が理不尽なものとして提示されているかのように見えます。改訂版を出そうとしていたのは、第一次世界大戦の勃発から、ついに終結に向かった1918年なので理解出来うるところですが、彼は戦争の狂気を取り上げ、敵の行動を把握して明確な意味づけをなそうとしています。
 悲しいかな時代が移り、こうした描写でなされた彼の論点を見直すと、古臭いかもしれませんし、人によっては攻撃的だと取りかねません。FM氏は偏屈で人種差別的だと非難されてきました。しかしもし仮に、こうした誤った観念のせいで彼の主論にまで反対するようでは残念なことでしょうし、ここで、主論とは意識的な指導や調整をする手法を磨く必要が我々全員にあるというものです。
 現代の学識ある新版として、本書は、本テク二―クを訓練しようと熱望する全ての人に推奨できます。初版の1910年版から第二次世界大戦後に出された最終版までの歩みが網羅されています。そのようにしたからこそ、実体験を通した思考や教え方などFM氏自身の進化が記録されました。この進化は今日も継続しており、本テク二―クが伝授されより深い実体験が得られるところに見られます。根幹となる原理や基盤となる手順は全く同一のものでありましょうが、我々の理解は成長し、たゆまぬ発展をしています。これは未知の世界へいざなうひとつの旅行であり、というのも、(ジョゼフ=ロウントリー氏が指摘しているように)既知の世界は誤りであり、それにしても、この未知の世界こそが我々の望むところだからです!

 (訳注。ウォルター=カーリントン氏はアレクサンダーテク二―クの偉大な教師・トレーナーだった。彼は1930年代にAT教師となり、その後従軍、ナチスとの銃撃戦で瀕死の重傷を負うが、自らのワークで乗り越えた。大戦後も教師養成学校でFM氏のアシスタントを継続した。FM氏の亡くなった1955年以降はロンドン市アシュレイプレイス16番地にあるアレクサンダー教師養成学校を引き継いだ。2005年8月に亡くなる直前までワークを続けた。翻訳者はウォルターおじさんに少しだけお目にかかったことがある。2004年オックスフォードでの国際会議中に廊下で立ち話しただけだが、齢90歳を越えてもかくしゃくとし、確かに、ATワーク歴60年以上になる「大人物」だった。)