●ATJエスクールとアレクサンダーテクニーク  
ATJの母体となった名古屋エスクールで学んできた児童・生徒・学生諸君は、
ある時点から短期・長期を問わず総合学習の一部としてアレクサンダーテクニークを学んできました。
それにしても、生徒には、「不登校」からどんどんひどくなって精神病院に入院していた人、
医師に処方された精神安定剤を何年も摂取し続けて主作用か副作用かもうわからなくなって苦しんでいた人、
「視力」がどんどんひどくなり授業の黒板も見えないし話も分からなくなってしまった人、
他にも、「身体が弱い」といわれたり、多動児など「奇異な行動をとる」といわれたり様々な理由で
通常の学校では暮らしにくかった人がいて、医師や教育関係者などの「専門家」から実に様々な「診断」を下されていたようです。
当方でそうした方々が決意して、我々とアレクサンダーテクニークを積極的に学んでいくと、
以前の症状がウソだったように軽減するということがあまりにも頻繁に起きていて、問題そのものが全く消滅した人も続出しています。
ここで1931年初版のFMアレクサンダー著「自己の使い方」(私家版)から引用しましょう。

「付録・リトルスクールと教師養成学校について」から
「・・・(前略)・・・教師養成学校に関連しながら同時に、参考のためにリトルスクールでの実践を紹介しよう。
読者にも気が付く方のいらっしゃることは言うまでもなく、望ましい出来事が起きるように、実体験を得ていくやり方で自己を使い、
それが新しい不慣れなやり方になる際には、行為をしている実際の動作が慣れ親しんだものであれ不慣れなものであれ、
必要な時間をかけることが「契約の最重要事項」になる。実体験を通して確認されたことがあり、
それは、お子達で通常の30分レッスンに来られた後に外部の学校に通う、ということは、1日の残り時間に観察をせず、
当ワークを継続して日常生活で用いているかどうかの観点がなくなる場合の皆さんは、せっかくの機会を有効に活用していない
ことだった。だから私は決意し、もっとずっと良い結果を育むために、お子達が観察をもらい手助けを受け、
教師はアレクサンダーテク二ークのワークを続け、そうやって学校生活を送れるように進めることにした。

リトルスクールとはいうが、発端は実は単純なことからで、ロンドンのアシュレイプレイス16 番地において以下のように始まった。
・・・ある少年がインドから自宅に送還されてきて、もちろんこの子は聡明な子であったのだけれども、非常に「神経質」で
すぐに興奮しすぎておかしくなると、両親も気付き、このままではとても通常の学校生活を送れそうにないという事情で、
こちらのレッスンに来られた。この子がこちらに到着したとき、私にもすぐわかり、彼のやる自己の使い方はまったく奇妙で
最悪であったから、一旦以下のように決め、個人レッスンに加えて一日中ここに居なさい、と、そうやって手助けを受けて、
働きが新しい自己の使い方になるようにやりながら、学習を続け、読み書きや他の授業を受けなさい、という手はずになった。
それを知った他の親御 white‘>さんで、その時にご子息が当方で個人ワークを受けている最中の人々からも同様に、
援助して欲しいと頼まれ、そんなこんなでリトルスクールを開始する次第になった。それからというもの、お子達や若者たち、
つまり幼児からティーンに至るまで、まず個人レッスンを受けてそれから教室に参加してもらい、実体験を獲得するために
原理と手順を応用しながら様々な動作に及ぼすやり方を、人にもよるが数週間から何学期にわたってやってきている。
自然の成り行きとして、この学校の授業では教室の各個人のやる作業内容がそれぞれ異なり、
年齢や個別の希望に沿って行われてはいるが、しかしながら、全ての基礎に特別な原理を本質的に用いた
当テク二ー クがあるからには、すなわち、結果そのものは、彼らが作業していることであっても大して重要ではなく、
比較するともっとやり方を大事にしながら行く方向へ自己を使い、そうやって結果を得るように進めていく。・・・(後略)・・・」

FM氏のリトルスクールが発足した理由は、お子達と通常の個人レッスンの積み重ねをするうちに
必要にかられたからと見えます。
一方の我々、ATJ (旧、名古屋エスクール)では、お子たちとの学びを継続するうちに、
アレクサンダーテクニークを応用するようになりました。いずれにせよ、自分を高めていく学びが一生続きます。
お子達は指導者とマンツーマンで交流する機会も多く、個人的な関わりを大切にする環境のなかで、
きめ細やかな教育を受けられます。


■主催者DJによる簡単なまとめ
2013年秋、名古屋エスクールをATJ子どもコースと完全統合、ATJエスクールとすることにした。
名古屋エスクール開校当初の1992年頃、政府の学校(公教育)以外で子どもの学習を保障する場所など
ほとんど無かった。
20年が経った。米国のオルタナティブスクールをモデルにして開校した名古屋エスクールだけれども、
本国では911やリーマンショックを契機に軒並み、政府に負けて廃校を余儀なくされているようだ。
わが国ではバラマキ行政のヒモ付きもあって急激に、居場所の数はずいぶん増えた。
老舗のウチが同じ事をやっていてもしょうがない。単なる「フリースクール」で政府に文句ばかり言っていても、
広がる放射能の中で同じたわごとを繰り返していてもしょうがないじゃないか、「そんなんやらんでもええ」と。
そこで発展的統合、つまり我等にしかやれないことをやっていくことにした。文字通り、生き抜く手法を学ぶための学校である。
居場所の数はずいぶん増えた、と記したが、そこで、公教育と異なる学習手法や内容を独自に取り入れて
楽しく有効に実践している場所も増えているかと見渡す。望ましい居場所も出来たかもしれないけれども、
基本的には何も変わっていないか、あるいは、学校や社会のせいにして「うちの子」をかわいそうがるだけで
人間として成長できるような教育手法も再教育手法も研究されないまま余計にひどくなっているか、
うまいこといって金儲け主義にとらわれているのか、さあどうなんだろうと、そんなふうに観察しているのは私だけだろうか。
とあるヨットスクールや不登校・引きこもりを預かる施設では殺人まで起きているではないか。
そこまで行かないが20年の間に当方で起きた笑い話もある。本場UKのシュタイナー学校出身スタッフがいたが、
金銭をちょろまかしたり人を騙したりするのでクビにした。耳を疑う人にもうひとつお伝えすると、長年「教師」と名乗っていた人間が
一般の会社なら即座に解雇となる破廉恥な行為をしたけれども、私の温情でもうしばらく続けていたところ、
結局退職する時点でさらに学校備品を泥棒していった。
また、現役の国立大学教授も手伝ってやるといって入ってきたが、詐欺師だった。
私がおひとよしすぎるのか、そうした人はたいへん口がうまいので大方の人はだまされるのか。人間は不条理だが、
そんな人に教育を任せてよいのか。ちまたでは、なんやら教育かんやら手法と新しいやり方が次々と提出されているようだが、
心身ともに健全な「自己の使い方」に基づいた人間教育を実行しているのだろうか。世の中わからない、という例であった。
一方で卒業生諸君を振り返ると、コスモポリタンな日本人が育って行った・・・と書きながら、実際には朝鮮人もネパール人も
フィリピン人も生徒にいたと思い出す。ひとりの人間が一生の財産にできるような自己再教育を指導してきたし、
20年間で100人を超える卒業生が世界に羽ばたき、たくましく生き延びていることを誇りに思う。
 
 
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